ヒカリブログ

上尾市と桶川市の間にある学習塾光塾

コーチ・えのもと(14)

コーチえのもとの話ははじまった。

夜7:00くらいになってもう誰がコートに立っているのか見えなくなったら練習が終わる。

5分でコート整備を終え整列。ブラシとトンボが部員数の3倍くらい、鉄のローラーが3台もあったので整備がすいすい進む。

一日のトレーニングのしめのメニューとして、みんなテキパキやった。

「しゅーごーーー(主将)。」

整列。

礼。

「おねがいしまーす(全員大声で)。」

整列。立って気をつけして話を聞く。練習中はずっと大きな声を出しているが話を聞く時は返事の「はい」を大声でするとき以外、のどをつかわない。

心休まる至福の時だった。喉を休められる身体を動かさないでいられるからではない。

話がおもしろかったのだ。

練習試合の相手チームの声出しがよかった話。

部員の定期試験の結果の話。(テスト結果は全部員分コーチえのもとは知っていた。)

練習試合の相手コートがよく整備されていた話。

練習試合の相手チームの部員が休憩前にラケットとボールカゴを整然と整理してきれいに並べていた話。

練習試合の相手チームの監督から聞いた練習方法の話などもあった。

そういうことがつかみで?二分くらいあって残りはひとつのことを話してくれた。

いつもテニスのフォームの話をしてくれた。

フォームができたらいいボールが打てるようになるという話だった。

軸がぶれない。

面ができている。

点でなく面で拾う。

駒のような中心軸。

壁のような前軸。

優勝しなさいという話もたまに途中で出てきた。でもそれは当たり前のことだったので結果で完了形で語られた。優勝しなさいではなくて優勝したときのそれまでの練習について。いまのフォームについて。

フォームの話は長かった。

短いときで30分。長いときは60分くらいしてくれた。

かえりはだから8:00になる。

あんなにたくさん話すくせにぼくらはコーチえのもとに家族が何人いたのか、どこに住んでいたのかさえ聞いたこともなかった。盆と正月以外は毎日いっしょにいたのに彼のことをあまり知らなかった。こわくてだれひとりそういうことをあらためて聞こうという気にはならなかった。

コーチえのもとは自分の話を一切せずずっとフォームの作り方を話してくれた。

どうやったらテニスがうまくなるかの話をしてくれた。

だからはじめ個性的だったフォームのものも全員同じようなフォームの基本を身につけた。

やせふと、足の速さはなかなか変わらないがフォームなら大体基本的な部分がみな同じになった。

選手を見て真似をし、鏡を見てそれに近づいているかと確認し素振りをしてそのフォームが自分のものになるまで振り続ける。

すぶりは100回を1セットとしいつどんなボールが来ても同じスイングで返せるようにと心掛けた。

尊敬する元ニューヨークヤンキース松井秀喜選手の『不動心』という書物を後日読んだときに、ああ、コーチえのもとがいっていたのはこのことだったかと思ったものだ。

テニスでは同じコーチにならう選手のフォームが同じような形になっていることは少なくない。コーチえのもとの指導はフォーム指導に関するものが多かった。

球をうまく拾えなくても怒られないが、フォームをくずした打ち方をしているとこっぴどくやられたもんだ。

同じようなフォームを身につけたぼくらはバラバラの高校へ散った。

高校の大会で勝ち上がると同じ中学のときの仲間と戦うことになった。

彼らはみんな同じようなフォームで打ち合って勝ったり負けたりした。

ぼくは高校でキャプテンをやりぼくの相方だった仲間も彼の高校でキャプテンをやった。へー、下手くそなお前がキャプテンかと馬鹿にされ、お前こそキャプテンか似合わないなと突っ込みを入れた。

試合の帰り、高校では自由に練習しているがどこか生ぬるくて調子が狂うと帰りの電車の中で話したりもした。

練習時間だけならコーチえのもとの練習も高校での練習もそこまで変わらなかっただろう。

でもコーチ・えのもとが見ていなかった。

もう何も言ってくれなかった。

だから物足りなかったんだ。

あのとき7:00から聞いたことを思い出しながらぼくらは各自の高校のコートの上でそれを実行しようとしていた。

中学生の頃はよくわからなかったが、耳にたこができるくらい同じようなフォームの話ばかり聞かされていてよかったと何度思ったことか。

いや、いまでも感謝している。

耳にこびりついてて離れない声とその言葉に。

暗くなると、コーチえのもとの声が聞こえてくる。流れてくる。

インパクトの時以外は力を抜け。力で打つんじゃない。重力と遠心力だけでいい。」

物理学のことはとんとわからなかったがとにかくぼくらはタコのように力を抜いた。

たまに力んでいるとコーチえのもとが後ろからラケットを引き抜いた。

「力を入れんな!」

すごく強い力だった。

「腰を落とせ。重心を低くせー。」

リラックスしながらかつ腰を落とす理由がとんとわからなかったがぼくらはとにかく重心を低くした。ゴルフのようにでなく地面と水平にラケットを回した。

「手打ちをするな。腕は振り回すな。」

ぼくはラケットをぐるぐるぶん回したくてテニス部に入ったのに腕を振るなとはないでぃお?と思ったがぼくらはみな代わりに腰を回して手は固定した。

ずっとフォームの技術的な話だったのでてっきりフォーム指導を受けているのだとばかり思っていた。

でもいま思えば違った。

フォームを考えるようでいて、ひとつの身体の動きが身につくまで何球も何球も繰り返すということをコーチえのもとはぼくらに伝えたかっただけだったんだ。

そもそも彼はテニスの初心者で正しいフォームがどういうものかわかっていなかったはずだった。

それなのにどうしてうまくなるのかと考えるとそれは少しだけ多く意識的に考えるようにし、少しだけもっと多く考え型をイメージしながら素振りをするようになり、少しだけ多く球を打ち、少しだけ余計に身体がクタクタになっていたからだ。

いい球が行くのは疲れはてて身体に力が入らなくなるころだった。

フォームのことを何時の間にか忘れ、練習なんかはやくやめて水が飲みたい、水が飲みたい、身体を休めたい、動きをとめたい、と考えるような周回数になる頃、不思議とポンといい球が走った。

省エネで無駄のない、駒のようなフォームが向こうの方からぼくたちに現れた。

打った自分が驚くようなボールがポンと行った。