ヒカリブログ

上尾市と桶川市の間にある学習塾光塾

ザ・授業(ぼく流)(3)

大人の場合には、弱みではなくむしろ強みに着目しろ(ピーター・F・ドラッカー)といわれる。社会人は強みを伸ばすことで社会貢献ができるという意味だ。靴屋は靴を、コーヒー屋はコーヒーを極めるのが社会貢献になるのだ。

子供のすたでぃ(勉強)では、ぼくは「強みではなく、弱みを克服しなさい」と言っている。ぼくは授業でも苦手科目はわざとたくさん扱う(たとえば国語が得意な子は塾ではやらない)。強みをとことん伸ばして自信をつけて、それを勉強全体に反映させてゆくという考え方の価値をもちろんぼくも知らないわけではない。また入試でも得意科目があるのはかなり有利だ。

しかし、それだけでは強くなれない。入試の合格点もとれない。コーヒー屋がコーヒーのことだけに詳しくてコーヒー屋を営むことができるのか?スタバやタリーズに勝てる(もっと喜ばれる)コーヒー屋ができるのか?答えはノーだと思う。よいコーヒー屋は弱み(接客、清掃、仕入れ、経理、品揃えほかもろもろ)を克服した上で、強み(コーヒーの知識)を伸ばしているはずだ。いくらコーヒーがうまくてもゴキブリが出るような店は繁盛できない。トイレが汚い塾屋も繁盛しない。トイレ掃除は毎日ぴかぴかにしようよ(義務)。

子供が義務教育期間中に訓練するべきは、弱みを克服する過程を通して強さを手に入れる能力だ。

好きこそものの上手なれ、とはよく言ったものだが、勉強は義務なのだから(3/19号の塾の日ブログに書きました)、たとえ嫌いでも上手にやる訓練をしなければならない。

読書は権利ではない。社会に出るための義務だ。字が読めなくてできる仕事は限られる。計算は権利ではない。計算ができなくてうまくやれる仕事は限られる。計算ができなければアルバイトさえまともにできないはず。英語は権利ではない。英語がうまくわからなければ国際的な貢献は困難になる。

社会が苦手とか数学が苦手とか、苦手があるなら、とことんやりなさい。たとえ得意にまでできなくても、しのげるくらいまで頑張った経験は大人になって必ず役立つから。

人はみんなギリギリのラインで生きてるの。自分の弱みを補いながら、強みを生かして生きている。

弱みを克服するのは子供の義務なのだ。苦手科目こそ、コツコツ毎日やりなさい。それができる人が強い大人になり、成功する大人になる。

将来、専門職に就きたい人でも苦手科目は克服しておく義務がある。

読書は好きじゃない?それは義務を放棄しているに過ぎないのだよ。甘えなの。本を読まずにどうして国語力をつけるというの?

本は毎日読みなさい。好き嫌いを言うのは大人になってからでもいいよ。

というわけで、苦手科目をがんばれ!ぼくも苦手科目をアシストする授業をするから。

ほなね、すた、すた、すたでぃ。

(ザ・授業(ぼく流)(4)へ続く)