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進路を示す人と進路を眺める人との間には

知識と情報がない患者に対して医師が医療方針を決めることをパターナリズムという。パターナル=fatherlyで父親のように上からという意味合いが言葉には入っているが時によく時に悪い。医学部受験生の小論文の必修テーマの1つで、一般学部入試でも現代文や英文、小論文のテーマにもなりやすい。

 

さて、進路指導というのは、(ヴォクはいま模試結果を眺めて一晩置きながらこの文章を書いている)情報が受験生側にない場合にパターナルになりやすいものだ。まるで英語の英文法を教えるかのように形の上では同じように進路を教えるということはありえるが当然の如くナカミの性質が異なる。英文法ははじめから法則が1つでcurrentlyに使われている英語のことを説明するので主体がどちらにあっても問題ないが、進路というのは進みたい人が進みたい方向性を

主体的に

持つことを促すのかそれとも周りがこっちがいいよと誘導を強くするのかの2つの方向性の中で間になりがちの世界である。

 

いつの時代でも選択肢というのは多くないようでいて、でも主体的に動けば進路の選択肢は本来はたくさんある。

受験の場合には過去問を見たら何をしたらいいのかがわかる。情報がないなんて言い訳に過ぎない。

過去の入試問題があって入試の日にそのような問題が出るとわかれば自分がどんな準備をしたらいいのかがわかるようになるので過去問を見るところまで含めて調べたら良い。

 

どっちに向いているのかは指導者の感想であってこの学校に進むとこんなことがあるらしいんだーと情報を出せば出すほど意識的に無意識的に誘導してしまうことになるので進路をアドバイスするときには広く全部を同時に出すように心がけている。

そしてもちろんのことながら先に相手の今の決めていること、望むことをアンケートする。

 

進路指導がないと誤解する人がたまにいるかもしれないしいないかもしれないが日々高校生を見ていてどんな学校にいけばどんな生活になりやすいかの一般的な性質はいくらでも情報がある。

目の前の高校生が生きる見本であり卒業した大学生の大学での活躍の写真やネットの記事などを紹介してみせていただくたびにあーあの学校でがんばってその後あの方向へ進んでいまはこう楽しんでいるのかこういうところで苦しんでいるのかなどと思いを回らしている。

先回りしてひとつの学校や方向性の情報をこちらから流すことはしない。

 

数字だけで最初は選ぶ、何かの評判だけではじめは選ぶ、先輩の様子を聞いて選ぶ、きっかけは何だっていいと思うが決める調べる考える決める調べるかんがえるを繰り返してその先で聞かれたら5秒でお返事している。

 

ヴォクに父親がいたかいなかったかとかコーチえのもとがいたかいなかったかとかそれは影響はあっても答えを持つのには無関係で人間として生まれて生きている人が自分で数年後の方向性を決めていることを影響して変えることはできるとしてもしていない。

一冊の進路本、そこには学校のことが何でも数字で載っている、と過去問があれば学校のことがわからないなどということはありえない。

情報はないのでなく自分で決めたくないだけということなのでそれならいつまでに決めてくださいと学校で言われ進路希望調査の用紙に書いて書かされているうちに個人差こそあれ自分はどんな道に進みたいのかが少しずつ作り上がっていくわけだ。

はやばやと決めた方が有利かと言えばそうでもない。

 

「善は急げ」が常にあてはまるわけではない。

どんな問題でも急いだ方がいいことと急がない方がいいこととがありケースバイケースという結局何もしていないように見える状態でスタンバイしているというのがヴォクである。

スタンバイのバイは文字通り「そばに」ということだ。

 

そもそも、「こう進むと善」という答えははじめから英文法や三平方の定理のように「ある」と考えていない。

第一希望:

第二希望:

第三希望:

と書いてもらうのは形式的なことなのではないか?

就職先を希望する時でも進学を希望するときでもいや極端に言えばラーメン屋でメニューを選ぶときに希望順は仕方なくつけているのではないか?

一番食べたいというのはその日の天気や気分によってさえ変化するものであってはじめからドンとひとつ決まっているような種類のものではありえない。

ここ一週間食べることができていなかったから初志貫徹で:醤油とんこつで。

というのは一見すると潔いようでいて実際のところその日の気持ちで第一希望のものと合っているかと言えば相当に難しいものだ。

ましてや人生の第一希望などというものが正確に順番に並ぶわけがない。

 

おそらく多くの人は希望順を書くということにあまりに慣れさせられているため希望順の用紙を見て不思議にさえ思わない。

しかし、ヴォクはまずそこからして疑っている。

 

本人が決まらぬものをじゃヴォクが決めよう、ヴォクの手で。

と決めるようなことはしない。

代わりに待っているということだ。

味の説明を求められれば5秒で「濃くてクセになる味だった、ヴォクには。」などと答えるけれど。

 

ほなね。