コーチ・えのもとの運転するマイクロバスはレンタカーだった。運転中に彼がなにかの話をするようなことはめったになく、行き先すらわからないことがあった。ぼくは体力を温存しておかないと身体がもたないので大体寝ていた。
ぼくらはそのバスにまだ暗いうちから乗り込んで、9時か10時に練習試合の相手の学校に到着した。練習試合の相手は県大会ベスト4以上の強いところに限られていた。
練習試合から学校に戻るバスの中では今度は疲れ果ててほとんどみんながまた眠っていた。
学校に戻った次の週からは相手チームの優れた打法を練習に取り入れた。
ラケットを縦に使うロブのうまい選手がいれば、その技を全員で練習した。
ライジングショットのうまい選手がいれば、その技を全員で練習した。
相手を研究する方法として、相手ができる打ち方は全部できるようにしておこうという訳のわからぬ練習方法だった。今思えば結局練習のナカミなんてどうでもよかったんじゃないか。
練習量で負けているわけがないことを全員一致でわかっていた。だから試合で負けるわけがなかった。
万一技術に差がなかったにせよ、声の大きさと気合いで負けていなかったので(声が小さければ休憩タイムで平手打ちをくらうだけ(笑))、大体の試合には負けなかった。たまに2番手か3番手が負けても団体として負けることは一度もなかった。
コーチえのもとはいつも練習の最後に話をしてくれた。
大体いつも同じ話だった。
優勝するために練習をやれ!半端にやるな。要するにそういう話の繰り返しだった。
中学からテニスをはじめた素人ばかりの集団だったが、2年生も1年生も理由がよくわからぬままに県大会で優勝するチームになっていた。
足も遅く、身体がもやしのヴォクが県大会で優勝?!
自分が一番驚いた。ヴォクはなにせテニスがうまくないことはわかっていた。吹奏楽をやめて5月にノコノコ見学にきたヴォクが秋の大会で優勝?
練習するだけで優勝できることにひどく驚いた。
きっとぼくらは他のチームよりほんの少しだけ練習時間が長く、ほんの少しだけたくさんのボールを叩いていたのだろう。ほんの少しだけたくさん。