上尾市学習塾 ヒカリブログ

上尾市にある学習塾光塾のブログ

のび太は1歩前に進まないからのび太だったんじゃないか。

子別授業。子供の1週間の学習状況を確認し、次の1週間でやるべき課題を伝えるのに120分はお釣がくる。余った時間を問題演習やテストテスト(テスト前の模擬テスト)にあてている。

中学生の定期試験前になってもこの授業時間を増やすことは原則していない。

伸びる子は伝えた課題を100パーセント以上やる子だ。授業をさばくようにこなすだけでなく、授業を生かす子だ。課題を全部やり確認テストにすべて合格しさらに自分からなにかを付け足して勉強している子はまず定期試験で450点を超えるものだ。なにかを付け足すというのは「ドラえも~~~ん、プリント出して~」というのび太的なあまりにのび太的な甘えではなくて、自分で道具を出してくるという極めて高度な、ドラえもん的学習姿勢なのである。

毎日英文を音読して教科書は(誰に言われなくとも)完全暗写できるようにしておくとか、歴史年代を語呂で覚えておくとか、数学の問題集を1冊多く自力でやっておくとか、毎晩30分は読書するとか、こういった自分のために、誰のチェックがなくとも何かをすることの価値に気付いた段階のことである。 なにかを付け足すとはそういう学習姿勢でありその何かが365日積み重なるとと365だけ伸び伸びすることになる。ノビ、ノビ。

テニスで言うなら練習後クタクタで帰りつきバタンキューが普通なのに、食事後さらに壁打ちをしに(安全な)公園に行くような子は当然テニスが上達するだろう(親の役目は安全確認)。テニスの伊達選手や卓球の福原選手が人よりうまいのは生涯で打った球がたんに人より多いというのがある(テニスと卓球には共通点が多い)。

もちろんフォームなど基本をはずさない指導者の力はあるが、そこから先は選手自身の努力の差。

ぼくは小さい頃、ドラえもんを見るときに、テレビの色合いを変えてドラえもんを緑にしてみたり、紫にしてみたりしていた。すると同じ大山のぶ代ドラえもんでも、あるときは紫で高貴なスパルタのドラえもんになり、またあるときは緑で過保護なエンジェルドラえもんを楽しめた。

どんなに色合いや画質をいじっても、のび太だけは、いつものび太のままであった。あやとりと速寝という二つのたぐいまれなる長所を持ちながら(映画のときでなく通常時の)のび太には、自分から考えて何かを付け足すということがまるでなかった。

のび太は一歩前に進まないからのび太だったんじゃないか。

そして横浜の三浦はあのリーゼントで一歩前に出ているから三浦なんじゃないか。

※この記事は(猫ギターさんの)「ドラえもん のび太が塾に来たら」の記事や、「阪神ファンはチキン」のコメント欄にインスパイアされながら(三浦残留記念として)書きました。