ヒカリブログ

上尾市と桶川市の間にある学習塾光塾

マイぺいす

春からはじめて、進みたい子は進みたいところまで進みこの問題集を終えた 。終わった子には夏休みからの別の教材を少しだけはやく手渡した。

自分のノルマを消化するのはそれがただ他人に与えられたものだと思っているうちは楽しくも何ともないだろう。宿題は一見他人から出されるようにみえるが本当はどれくらい何をどんな風にやるのかはぜんぶ自分が決めている。 「これをいつまでにこういうやり方でやりなさい」と指示を受ける。実行する。でも実行の仕方にはいろいろな色がある。速い、遅い、じっくり、ゆっくり、ていねい、雑、ノートにまっすぐ、チラシの裏に書きなぐって。徹底的に、適当に。大切に。 みんな上手になりたいと思って必死に練習している。それでいい。コーチはやり方についてあれこれ言うかもしれない。必死な子を見たらあれこれいいたくなるものだ。

同じ問題集でも解答を写すところからはじめてただ丸暗記する人もいるだろう。解答なしに自力でいくらでも考えて、わからないことは調べてみて、最後に解答を参照する子もいるだろう。 どちらもわるくない。どんなふうにやるかは自分次第だ。 どれがいいとかどれが悪いとかではない。何時間やってみてもいい。 3時間かけたければかけたらいい。30分で終えたければそうしてみてもいい。 満足いくまでやってみたいならそれでもいい。

どんなペースでやってゆくのかも自分次第だ。 標準参考ペースとかコーチ参考ペースは示されるかもしれない。でもそういうものばかり気にしすぎる必要はない。 スタートの笛はとっくの昔に吹かれている。いや、今自分の首にかけてある。それを今もう一度吹いてみたっていいだろう。 好きなだけやりたいようにやってかまわない。 身体をこわさないよう、ヴォクはせめてそれくらいは気がついてみたい。でもそれもどだい無理な話。がんばりたいのをとめる権利は誰にもない。

練習の成果は人の評価にはあらわれない。ただ試験の点数といういささか客観的な、しかし絶対的ではない数字の上にあらわれる。 目標の数字をとれるかどうか、その答えはいつも自分の練習の中にある。

去年の夏休みのこと、ある子が6日間で全教科6章ずつやってきていた。毎日12時間くらいはかかるくらいの量。とくにそれを指示されていたわけでもなく。参考ペースよりも多くてはじめはすこし驚いたがまぁそんなこともその子ならあるだろうと妙にすんなり納得したのを記憶している。たくさんすすめたかったからたくさん進めてみたまでの話かもしれない。何か理由があったのかもしれない。

今年も一番厚い夏がやってくる。 今年はどんな驚きがあるのだろう。 myclear.jpg