ヒカリブログ

上尾市にある学習塾光塾

答えはこの中に(5)

090717_1649~01.JPGさぁ!(卓球の愛ちゃんで) シリーズ第4波で「深い理解」と書きました。今回はここの続きでしたね。みなさん、テキストの第5波「本質的理解」をあけてください(いや、テキストなんかないからっ!)。 定期試験で成果をあげるためには詰め込みして暗記するのでもなんとかなる(国語にはあまり効かない)。出題は学校の授業やノートからだからすみずみまできちんとやったら点になる。それでも点差はつく。成績のよい子は時間が経てばたつほどに、回を重ねるごとに順位をあげてゆくだろう。模試や実力試験を受けると、定期試験のときとは違った成績分布になる。定期試験はまぁまぁだが実力試験になると力を出すという子がいるものだ(入試に強い)。逆に定期試験では上位で通知票もいいのに実力試験になるとあとひとつ…という場合もあるだろう。定期試験の前にはみんなが揃って勉強するというのにこれだけ差がついてゆくのは一体どういうわけなのだろう? 理由のひとつに「本質的理解」の差がある。問題集を解くときを考えてみる。ページの上部に例題と解答が載っている。ページ下部に練習類題がある。見ながらやるから勉強しやすいし、真似をしているのだから正解に至りやすい。きちんと真似している限りにおいてあまりここでは差がつかない。誰でも解けるようになるだろう。 ここに罠がある。真似型の学習だけではわかっていなくてもとりあえず解答は出せるという状態が生じえるのだ。本質的理解を心掛けておかなければ、時間とともに記憶が薄れ真似したそのパターンがいつしか頭の中からなくなってしまう。パターンを身体に染み込ませたままにするために、テスト後でも繰り返しくりかえし、解答ごと問題を何回もなんかいも練習しておくということをしない限り、真似型学習には明らかな限界がある。ずっとパターン学習ばかりを毎日繰り返すなんてどだい無理な話だ。1日は24時間しかない。真似型学習だと、上の例題を隠して類題を解くということを延々と繰り返しておかねばならぬから時間もかかり効率もわるい。 一方、本質的理解を心掛ける勉強ならどうだろう。 理解型学習とは、簡単に言うなら、講師になったつもりで他人や自分に理由まで含めて説明できるような本質的理解を伴う学習法のことである。 英文法なら文法的な理由をおさえるやり方(例文を忘れたら文法的に考えて自分で作文したらいい)、数学なら公式の意味と導き方を把握するやり方(公式を忘れたら自分で定義まで戻って導いたらいい)、現代文なら本文を追跡するやり方(すぐに内容がわからなければ構造と関係だけをつかめばいい)。 本質的理解は蓄積され血となり肉となる。あまり時間の影響を受けない。試験ではじめて見る問題を前にしても楽しみこそあれ、苦にならない。数学なら別解が浮かぶようになる。いくつも。英語なら別の表現が思い付くようになる。たくさん。国語なら筆者の言っていることを自分の言葉で言い換えたり要約したりすることができるようになる。色々な言葉で。 (つづく) 参考 :  円周率が3.05より大きいことを証明せよ。
東京大学数学入試問題2003年より)