ヒカリブログ

上尾市と桶川市の間にある学習塾光塾

せるふ・めいど・まん(1)

ヴォクは(家庭の事情もあり一緒に住んでなかったからだが)、親に勉強を教えてもらった記憶がほとんどない。

小1のときにひらがなを書くのがうまい順に教室の後ろに書いた字が張られていた。クラスで一番字を書くのが上手な子の紙が右上に貼られている。ふっ。ヴォクの紙は42番目。母はめざとくそれを見つけた(いや、誰でも気付くし)。ヴォクの書いた紙は一番左下のビリで、その授業参観日の夕方に一度だけ母に、ひらがなを練習する仕方と机の存在意義とを教わった。机は本置き場なんかではなく座るところだということ。「ひらがなの書き方は本に書いてあるから自分でみて自分でやりなさい。」と母は小1のヴォクに伝えた。「自分でやらないといつもビリよ。自分のことは自分でしなさい。」昼飯抜きで5時間くらいだっただろうか。ひらがながうまく書けるまで「自分でやりなさい。自分でやりなさい。」と繰り返しながら母は見ていた。疲れてやめようとすると、「自分でできたの?」と確かめられた。その日以外に勉強の仕方を言われた記憶はない。

代わりにコーチ・えのもとが、ちゃんとやる仕方を細かく叩き込んでくれた。叩き込むというその語句の文字通りの意味において。

はじめよう、新しいシリーズを。ヴォクの手で。

「せるふ・めいど・まん」

独学に必要なもの。

目標、自信、本。

自分で自分を管理せねばならぬので目標がないとなかなか身体が動かない。目標は小1のときに宇宙に行くことを夢見るとかの大きい(若田さんみたいな)ものでなくても、達成しやすいものでよい。自分で決めたものでいい。何でもいい。ひらがなをきれいに書くことでもいい。

自分で自分を管理せねばならぬので、自信がないと途中で投げだしてしまいたくなる。自分が人よりほんのちょっとだけそれが上手にできることに気がつけばそれだけで自信が得られる。うまくできるそれが何であってもいい。

それを見つけてそれをきっかけにして自分を信じることだ。ひらがなが人よりすこし上手に書ける、それが自信の源になる。

今の時代では本がないと独学は成り立たない。できたら導入の親切でしつこいものがよい。できたらわからなくてとまることの少ないようなそういう構成だとよい。なぞれるひらがなの見本みたいにやさしいものがいい。お金はすこしかかるかもしれない。本もノートも空気みたいにタダじゃない。書店でたくさん手にとって何回も迷ったり比べたりしてみて一番いいと思うやつを探すんだ。

どう勉強したらいいのかその方法がわからなくてとまるのではない。それをやる気になれなくて身体が動かなくてとまっているだけなのだ。自分を信じていないだけなのだ。目標を見失ってるだけなのだ。なりたい自分がないのだ。ひらがなをきれいに書いてみたいと思わないだけなんだ。

ならば気なんか通り越して先に身体を本に近付けてみたらどうだろう?

四六時中、目を本に近付けておいたらどうだろう。ご飯のときも、トイレの中でも、風呂の中でも、机の中でも(中?)、布団の中でも。

一に勉強、二に勉強、三四師匠で、五にご飯。

まず今日やることだ。まず今やることだ。今、すぐに、一番乗りで。ノリで。あの日のひらがなの時みたいに。

はなね。すた、すた、…スタートレック