ヒカリブログ

上尾市と桶川市の間にある学習塾光塾

塾屋が売っているもの(4)

偏差値や順位をどこまであげ続けるかについては求めるべき出口なんてない。

去年の中3で言えば、一年間で偏差値45→55、偏差値60→70の10アップを果たした二人が目立った。これはただ目立ったというだけだ。目標を達成する努力は評価するが数字だけを評価はしない。

この数字自体を見てぼくがいいとか悪いとか思うことはない。

よかったとかわるかったとか思うべきは子供自身でありぼくではない。

そんな風にしてぼくは、学年一位を狙って二位しかとれなかった子には残念だったね、と言うし、学年五位を狙って学年二位だった子にはよかったね、と言う。次は一位狙いたいね、と言いたくなることもあるが言わない。狙うのはぼくじゃない。部活の監督のように子供自身がそれを狙いたくなるように無言で導くことはするけれど。

同様に15位を狙って20位だった子には悔しいね、と言うし、50位を狙って40位だった子にはすごいね!と言う。

ぼくはたまたま定期試験学年一位について書いているが、120位から80位を狙ったり、80位から60位を狙ったりする記事も必要があればもちろん書ける。

できるか?

できる。

ぼくが見ているのは、子供が

1具体的な目標設定をしているか

2努力を毎日しているか

3つまずいていないか、アシストを必要としているか(精神面、環境面、いじめなど)

以上の三点である。

具体的に目標を持ちしかるべき努力をしたら点数は上がるに決まっている。そんなことは100年昔も100年後も変わらんよ。

というわけで、塾屋として努力の評価を売っている。

目標に届かなかったのなら「努力が足りなかったのだ」と言い切るし、目標に届いたのなら「よくがんばった、感動したっ」(小泉元総理かよっ!)と言い切る。

こんな評価のシーンで同情はいらないし、遠慮もいらない。だってここは塾だから。塾だから。努力したいから来てるんだから。お金と時間をかけてるんだよね?

目標については試験の前に必ず子供本人に書いてもらうようにしている。

子供たちにとって目標を言う機会というのはまだ社会生活の中で少ないので、目標を書くように言われるとはじめは、思考停止になりパニップニになることが多い。取り敢えず前の順位から10引いたくらいの数字を書くとかね、こんなのが多い。

ぼくに言わせたらこれは目標になってない。それは世間が決めたルールじゃん!

だれが勉強したいの?だれが成長したいの?だれが勝ちたいの?勝ちたくないなら勝ちたくない、現状維持したいと先に教えて欲しい。負けたいのなら負けたいと先に教えて欲しい。その数字を書いてください!

ぼくは目標をおしつけたつもりなんかないんだから。

今回の試験結果が正確に出たら次回テストの目標に関して、また書いていただく。いつも通り直筆で。

3/14~5/14の2か月でぼくはその子供の書いた目標達成をありとある手段でアシストする。

何点とりたいかはあなたが決めて!

ぼくは絶好のアシストを決めるから。

そしてあなたにはとりたいだけの得点を決めて欲しい。

ほなね、すた、すた、スタンリーキューブリック