こんにちは、もりのべんぞうこと、世界のもりべん(30)です(もりべんってだれだよっ!)。
え・・・! べんぞうさんて30歳じゃないの?
(いや、そもそも苅野勉三(かりの べんぞう)であって森のべんぞうさんではないからっ!)
だれでも知ってる当たり前のこと、でも意外に実行する気がしない壁(のようなもん)があること。
一冊を何周も繰り返して全体像と細部をつかむという話「もりべん」のつづき。
もりべんについてぼくも書こう。
ほっともっとにもほかべんにもないかんね。
決めた一冊のことは「ホーム」と呼ぼう。
たまに見に行く参考書は「アウェイ」ね。
「ホーム」図書をつくるメリットは何だろう。
合格者に話を聞くと「数学は◯◯しかやりませんでした」なんて話がよくある。
え!それだけ? なんで?というような感想を持つがよくよく聞くと、ただしその一冊を前書きから後書きまで丸ごと覚えるくらいにまで繰り返している。書物の発行年月日を覚えているなんてザラである。それくらい読み返したということだ。
このように、よく一冊の参考書、問題集ばかりを何周もやって極める学習法について耳にする。
一冊に絞るメリットとして一周目に速く回し全体像を早期につかめるということがある。
一周目はいい意味でアバウトに進めている。
細部には拘らず森の全体を見渡すまでの時間が一冊だけなので速くなる。
難所に出くわしたなら、一周目には旗や印だけつけておき他の本に調べることもせずすっとばす。二周目以降にそこは重点的にやればいいまでの話だ。
たとえば新しい不慣れのゴルフコースではじめの一打を打つ時にグリーンまでのマップがはじめから頭の中に描かれていたら一打目をどの辺りにおけばいいのかがわかる。
まったく知らないコースをプレイするときよりも慣れたコースでプレイするときの方がスコアが上がるのはこのためである。
勉強もこれに似て全体の中のどこをやっているのかを意識しておくことで学習しやすくなる。だから一周目はたくさん失敗していいしたくさんエラー経験を積んだ方がいい。失敗することでそこが重点だとわかるようになってゆく。落とし穴には旗がもう立っている。
このように一周目速く回して全体像を把握するのが「森勉」の特長の一である。
たとえば数学でよく「わかるまでえんえんと考え続ける」という学習法がある。もちろんこの学習法にいい部分はたくさんある。でも、一生考えつづけたとしてもわからない問題が存在するのもまた事実。数学はそれくらい難しいものだ。腑に落ちないとしたら、その課題は課題として棚上げし、マークだけつけて、次に進むということをしないとずっと同じところで立ち止まったまま1年、2年が過ぎてしまうということがザラにある。
なんでだろう、なんでだろうと疑問に思うことは大切であるが、疑問をノートにメモしたら、いったん注吊りしたまま次へ進めてみよう。違う分野をやった後から戻って考えてみたら、あ、わかった!ということだって数学には多いんだ。
ラッセルは「地下へ行け!」という号令とともに、長く考えてもわからないことがあったらすっかりそのことを忘れてしまう習慣があった話は有名。
「森勉」には二つ目の特長がある。
記憶はくりかえすほど定着するのは教育心理学で知られている通りである。同じ解法を二周三周四周五周六周と見直すことではじめは意識的だったものが徐々にじょじょに長期記憶の倉庫の中で整理整頓されるにつれ無意識に近くなる。オートマティックにページの先の方に何が書かれているかが予測できるくらいにだんだんなってゆく。著者の思考回路が頭の中に出来てくる。もっと何周もすると、わかるところはペラペラとページを早くめくりながら理解できるようになってゆく。二周目は重点を中心にやることになるのでそれなりの時間がかかるが、三周目、四周目はマークが少なくなっているので周回あたりの時間も短くてすむ。
短い上、記憶がますます定着する。
いいことずくめ。
数学の底力は、正解になったときよりも正解が得られる以前の試行過程においてもっとも身につく。単にすぐ解けることを目標にせず、1周でわからなければ2周、2周でだめなら3周と繰り返し考えることが、力をつける秘訣になる。
定理(数学の本質)は1つでも、その理解には(無限の)深さがある。
何度でも、定理と問題の間で悩んだらいい。
三つ目の特長。
著者により解法は異なる。はじめからいろいろな本の著者のいろいろの解法で学ぶとひとつの解法をマスターする前に混乱して時間がかかる。はじめは割り切ってひとつの解き方だけを自分のものとするなら習得しやすい。はじめから振り子打法とガニ股打法を身につけるのは、難しい。
そういうことがあるのでまずは一冊を血肉化できるまでやるのが効果的だ。
どうしてもわからないときだけ他の参考書を調べるために使えばいいのであって、二冊三冊を必ずしも同時に回す必要はない。
よそ見ばかりして、あの本だったらわかりそうだな? この本はあまりよくないのかな? なんて考えてウダウダする前にとっとと決めたその本を一周回したほうがいい。
昔教えていたある子は「森勉」をどう勘違いしたか、『英文解釈教室』を5冊持っていた。
わけを聞くと繰り返し用だと説明していたが、本が変わってはマークがなくなってしまうではないか。
どうしても白いのが欲しかったらもう一冊だけでよかったのに。
最後に、マークを入れるときは一周回目は薄い色の蛍光ペンがいい。黄色とか。そもそも一周回目は右も左もわからずどこが大事かもわかってないときだ。蛍光ペンの意味が小さい。あとで二周目にも「?」なときに少しずつ上塗りし濃くしていけるから。
はじめからどピンクや紫でぬっちゃうと復習時に目立たせるのが難しくなってしまうかも。
(おおもりのべんとうやさん(31)へ続く)