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一網打尽の単語暗記術| 上尾市 学習塾 光塾

題の一網打尽は光が尊敬する漁師のじっちゃんにきいた言葉。じっちゃんは休みにぼくが遊びにいくと眠いのを我慢してボートを沖に出してくれた。

無人島にまたつれていってくれるのかと思ったら誰もいない(海だから当たり前なのだが)ところでふとボートをとめる。波の音と水鳥の声くらいしかしなくなる。

そこで釣りが始まる。

 

じっちゃんは糸の先に針とイカをつけてポトンと海に落とす。ものの数分で天草の海のたいが釣れた。

まさかぼくには同じことはないと思ったがもたされた釣り糸を持ち上げるとたいがいた。

その後つりを続けるのかとおもったらじっちゃんは突如まな板と包丁でさばいてくれ、醤油をかけてぼくに差し出した。

このたいの味を知ってしまったらデパートやスーパーでたいを買って家で料理して食べるのは残念ながらぼくには難しくなってしまった。刺身は控えめにして火を通して魚は食べるようになってしまった。

 

後にも先にもあの日じっちゃんがつってくれた魔法のたいほどおいしい魚のりょうりをぼくは知らない。

 

他にもいちもうだじんというじっちゃんの技についてはまた別の機会に。じっちゃんは口数の少ない人で、じっちゃんから聞いた言葉がぼくの記憶では二言しかない。その一つがたぐれ、もうひとつが一網打尽だった。

なぞだ。

 

plus 

古文 漢文 現代文 英文で共通点を一緒にとりあげるのが光の授業。同じ言葉を分離するより抽出して横に比べること(抽象という)をすることで論理はずっとわかりやすくなる。

 

降れ は已然形。已然形は「規定」を示す。

降ら は未然形。未然形は「未定」を示す。

rains は「規定」を示す。

will rain would rain may rain might rain は降るだろう 降るかもしれないと「推量」を示す。

この原則を深く考えるなら、雨が降るという場合と雨が降らない場合という2つの事象に現実を分ける。前者の場合には降る場合を規定、想定している。場合がどちらと決まっているから規定であって未定ではない。数学でも科学全般でも論理一般でも「未知数をxとおくと」と決めたらその未知数はずっとxと規定されている。あるときそのxがyに変わるようなことはありえない。

雨が降る場合というのははじめに雨が降る事象を降るケースと規定しているので意味段落や文章が終わるまで雨が降ることが既に確定している。

 

考え2(観点2)

事実でないことを英語では時制を一つずらして仮定法で言う。

仮定法現在 : 未来のことに

仮定法過去 : 現在のことに

仮定法過去完了 : 過去のことに

と一発で解決する。

事実でないことをひとつ前の時制をかりてずらして表現しているに過ぎない。というみかたもできる。▪️

 

rain rained rained raining 

ふら ふり ふる ふれ

活用が示すのは時間だけでない。

 

未然形 未定

連用形 用言につづく

終止形 言い切る

連体形 体言につづく

已然形 規定

命令形 命令して言い切る

といったように時間とは違う軸も持つ。

 

活用についての意味は英語でも、時制の違いという軸だけでなく、

能動 受動の軸 -ing -en

継続 完了の軸 -ing -en

というように存在する。

他の言語たとえばフランス語の動詞の活用だったら現在形-過去形-未来形をV動詞一語の活用の変化だけで1語で簡易に表す。英語のように「過去形-現在形と遠く離れて未来の表現だけはちょっとお待ちください。もともと動詞だった助動詞willをかりてきます。無理やり2語で表すことにします。will + 動詞の原形で使います。」などということがなく1語の活用で未来形も表す言語は現代語にも多い。

 

一方で、古英語の歴史から違った見方をすると、
仮定法現在 rain → should rain → rains と変化して現代の英語では rain と使われている.
英文法の説明に歴史的経緯を含めるのは英単語を語源から捉えるのと同様使える範囲で使うというスタンスである.(光の英語の捉え方では)

 

古英語の知識を現代英語の中で使える範囲で使うのは大昔の古文の知識を古文の中で使える範囲で使って観るのと同じ。

平安の古文の る らるを観るのに奈良の ゆ らゆ がわかればおもしろくなる。 る らる もわかるようになり、平安の みゆ おぼゆ きこゆ がわかるようになる。

同じく may が「力」 might という過去が古英語の頃の語源で、 can が「知識」という語源的な観点を知っていたら 「力があるからできる」の may と 「知識があるからできる」の can の違いが観えるようになれる。

同じように見えるものでもある知識があれば差異が際立ったかたちで観えるという学問的な興味をかき立てられる。面白さをかんじずにはいられなくなる (る らる の語源 生る の自発で)。

 

根がつながっているものをいちいち現代語だけとか英語だけとかに切り取るのは目隠しをして物を見る(見えない)のと同じでもったいなく面白くない。同じ「可能」でもどういう可能なのかを区別・特定できるという言語研究の面白さを感じるところまで深入りして学ぶことが楽しさにつながっていくと私hikariは確信している。だから光のプリント解説には他の教科のことがらも混ざって知識が現れるようになっている。

 

英語の進行形(現在時制・進行相)はどうしてbe+〜ingという奇妙なほどに長い2つの単語になっているのか? 英語の動詞は原則的に1語ではないのか? その疑問は be on 〜ing にもどれば観える。

 

英語の現在完了形(現在形・完了相)はどうしてhave+過去分詞という strangely にも長い冗長で面倒な表現になっているのか? concise を重んじる英語の敗北点の現れなのか?

その疑問は have 名詞 done にまで少しだけ戻れば観える。私が高校生時代鶴丸にきた留学生のデュランくんは普通に日常的にこの表現を使っていた。

go 〜ing は熟語だから覚えるしかない?なんとつまらない諦めであろうか?

論理(理由)で考えてできる(can)ようになるという姿勢を放棄するのは楽しくないのを認めることになってしまう。もったいない、ああ。

 

英語ドイツ語フランス語イタリア語をつなげて書きたいところだが入試教科に選択していない子には基本的には触れないようにしている。それは各自がやるときに好きなだけやったらいい。

ただ、光推薦独学図書の英和辞書CRなど必要な道具と使い方は手取り足取り教えている。検索のかけ方の詳細、見る項目まで。道具とテーマを与えるだけでもまだ勉強コーチには足りない。目の前で何回も見せて学習者が真似してそれではじめてそれを使えるようになる。

目の前でのけぞるところから私は指導している。

こんな辞書があったら縦に深掘りができて単語がつながってズルすぎるーー。ラテン語とギリシャ語やるより下手すると近道なのじゃない?(それはないけど)

何回も読み返さなくてもかなりのものがつながって覚えられるがなー。とコンパスローズなどの辞書を目の前の机の隣の席に座って同じ目線で引いて目前で大きく見せて私がのけぞるところも目の前で見せる。そこまでしないと独学なんて指導できるものではない。

 

plus 

(よくあるdeepな疑問)

Q interesting はどうして現在分詞よりも形容詞に感じられ辞書に形容詞と載っているのか。

A 他動詞にも-ingにもOがあるから。形容詞はOがない。

語源はinterestと同じ属でもinterestingは現在分詞としての用法でOをとる場合もあるが、形容詞と同じでOをとらない場合がある。

動名詞にはOはあるか? 動名詞が名詞になってOをとらないことはあるかといった視点でも考えてみると理解が深まる。

 

plus 「は」「が」の使い分け 主節と従属節について

 

私が明日をかえるためには今日を変えなければならないと思った時、ちょうどそのことを唄っている歌が流れてきた。

 

このような文があったとして、
主格の「が」と助詞の「は」の使い分けは日本語学習者や古文の学習者にとって少し難しいポイントだ。


例1 ) 私は、明日を変えるためには今日を変えなければならないと思った時、まず今日だけスマホに触らないことを決意した。


例2 ) 私が明日を変えるためには今日を変えなければならないと思った時、スマホに気になるニュースが流れるのを目にしてすぐに外出した。

 

「は」は主節につくので述語の「決意した」までかかる。

「が」は従属節にあるので、

(私が明日を変えるためには今日を変えなければならないと思った時、)(スマホに気になるニュースが流れる)のを目にしてすぐに外出した。

「が」の及ぶ範囲はかっこの中までと感じられる。ためしに例2)の「が」を「は」に変えてみると、


例2 (誤り)) 私は明日を変えるためには今日を変えなければならないと思った時、スマホに気になるニュースは流れるのを目にしてすぐに外出した。

 

という誤りの文ができる。

主節と従属節については英語だけでなく古文や日本語でも意識しなければならない文法である。


接続詞は中学英語では1年で等位接続詞が、2年で従属接続詞が出てきて学ぶことに教科書ではなっている。どのタイミングで主節と従属節についても考察しなければ真に理解するのは難しくなりがちである。等位接続詞andが節と節を繋ぐ場合にAの節は主節、Bの節も主節となっている。

そのため日本語にする場合に

例3) 「私はつけ麺を食べた、そして彼はラーメンを食べた。」


のようにするのがよいということになる。

この場合、日本語文法では一般的に例3)の文は「重文」であると説明されるがその真なるところは2つの節が主節であるというところである。


英語には接続詞だけでなく副詞も多用される。

however, though などである。

これらは従属接続詞でなく副詞であって、主節中に用いるということである。

この辺りは何もわかっていない人が多く、盲点の一つである。


主節と従属節、接続詞と副詞、「は」と「が」の違いを同時に同じタイミングで指導している私hikariはそう思っている。

 

plus 

今日の小学生英語。

小学生の子 : 辞書の見方がわかりました。「品詞1 意味1 意味2 意味3 品詞2 意味1 意味2 意味3 と単語の全体をざっと読みイメージを抽出する。」とプリントにあります。

電子辞書でも同じですか?

 

光 : はい。電子辞書ではとくに一画面に情報が少ししか見えない横長が多いので注意して下まで見てください。それだけが紙の辞書に電子辞書が劣る点です。わかりますか?

 

子 : わかりました。下を見る感じですね。単語はこの単語集で覚えてもいいですか?

 

光 : 単語集はあくまでチェック用です。単語集をボキャブラリ学習のメインに据えてはいけません。単語というのは文の中で意味をもっています。文の前後関係の中でここではコアイメージがこう使われている。あくまで文の中での使われ方にフォーカスしていきましょう。ファイルに挟んだ文章を音読する回数が7、8、9回目になってくると未知の単語が気になってくると同時になんとなくこういう意味のはずだという方向性がくっついてくるようになります。長い文章ではほぼ同じ意味の単語があるのでその単語と縦にも同じという関係でつかめるようになります。日本語の単語でもこの単語はこういうときに使うというイメージをもっていると思いませんか?

 

あとこの英英辞書は単語の意味ではなく使い方形式で掲載されています。そこを読むのはとても楽しいです。

 

子 : ほんとですね。説明が単語を用いた文例とその説明の文になっていてまるで国語辞典みたいです。

 

光 : そうですか。よかったです。

たとえばこのimproveを引くと、音声以外にも、


If something improves or if you improve it, it gets better.

Within a month, both the texture and condition of your hair should improve.

と載っていますね。

語義の中に論理があって使うシーンが見えるような説明になっています。

「もし何かあるものが(  )したりそれをあなたが(  )したりすると、そのものがもっとよくなる。」

すると日本語でいうとああいう単語が入るような論理だなとわかりますね。

通常の辞書と比べてみましょう。

通常の辞書だと 「よくなる」としか載っていないですね。

 

ましてもっと簡易的な「単語集」で improve よくなる を覚えようとでもしようものなら、ひょっとしたら誤解して「病気がよくなる」のにも使えるかも知れないなどと誤解が拡大することさえありますね。

 

子 : 思っていた辞書のイメージとだいぶ違います。辞書って単語の意味が日本語に置き換えているだけかと思っていました。使われ方や使うシーンもみて最後に同義語もみることでなんだか単語が馴染んでくるように思います。

 

plus 今日の高校生英語

TED を聞いて毎週「要約文+自分の意見」を書いている。映画+英語字幕同様、本当に役に立つ英語が身につく。

今週は Atul Gawande さんの talk から。

字幕なしで聴いて字幕ありで聴く。

聴き取れないところはゆっくり聴いて言ってみてノーマルで聴いて言ってみる。

この方は内容はもちろんのこととして、英語が美しかった。

英語映画の方の作品は、

https://blog.hikarijuku.education/entry/470900278.html

に書いているものを去年は見ていた。

人生を考える上で経験になり自分が何をすたいのか自分はどうしたいのかを考えるきっかけになるといいな。