ヒカリブログ

上尾市と桶川市の間にある学習塾光塾

くだらない雑談

あまり書いたところで仕方のない話。あとで消えてなくなるような話。

むかし大学に行ったらシケプリ委員会というものがあった。試験対策プリントというもの。委員になれば(95パーセントの人間は委員になるけど、)自分は1つの授業に出てレジュメをつくる。ほかの授業には出なくても期末の試験前になるとレジュメがもらえるという仕組み。登録している授業のノートのコピーがもらえる。

ヴォクのいた大学は出席をとる授業が少なかった。300人~500人程度の大教室の垂れ流し講義が多かったし、煙草をプカプカやりながらマイクに向かってなにか話をしている授業なんかもあった。別に煙草が悪いとは思わないが喫茶店のゼミでなく大教室でそれをやるのはなんだか違う気がした。

授業を受けなくてもシケプリを買ったり(生協前で誰かが売ってた)もらったりして、試験前夜に読んでおけば単位がもらえるくらいの成績がとれたようだ。

さらにはどの教官が採点の甘いほとけ(仏)でどの教官が単位をくれないおに(鬼)かについての冊子なんかも存在していた。

そんなものをチラ見したときにヴォクは吐き気がしたので、その場を去り、以降見たことも買ったこともなかった。仏リストやシケプリが欲しくて大学に来たつもりはなかった。そんなものに学費をもし払うとしたらバカバカしかった。たまたま払っていなかったが。

あまりに馬鹿らしくて学校をやめようかとも思った。入学前にもうひとつ別な大学に入ろうとして手続き前夜に親戚の反対にあい屈したことを後悔した。

考えなおしてシケプリのない超少人数の授業だけを登録し履修した。喫茶店で授業をしたり、履修者が10人くらいしかいなかったりのやつだけを選んでみた。イギリス人やフランス人の先生の授業に多めに参加した。結果、たまたま優ばかりになった。そういう先生は仏リストにはないと思うが、出席者には優以外つけない。

ヴォクはいま塾をしているが、定期試験の過去問だけはどうしても使う気持ちになれない。定期試験の過去問ばかりがどうして嫌いなのかをここ二年くらいずっと考えていたが、どうもシケプリと絡んでいる気がしてならない。

ここ二年間くらい考えてみたが、過去問は導入していない。集めてもいない。字のきれいな子がいるので参考にするために借りたことくらいはあるが。読みやすい字は読みたくなるものだ。

近くの大きな塾が大量にそういうものを配っているのを知らないわけではない。子供たちはいろんな塾のいろんなプリントを学校で見ているのだから。先生別テスト攻略プリント集とかのいろんな噂も聞かないわけではない。

でもそういうものを使わないでいたヒカリっ子でもオール5が何人もいる。結局、過去問はやらなくても全部を勉強していたらいいのかくらいに勝手に考えている。

教科書準拠のワークをつかってるくせになにを偉そうに、と思われるだろう。

模試の過去問だって揃えているだろう、と。

はい。そうです。

というわけでヴォクの好みが生まれたくだらない話でした。

とはいえ、やはり過去問とシケプリは違う。入試や模試の過去問だっていくらも揃えている。だから、来年度は定期試験の過去問は使わないけれど、その意味についてはもう少し熟考してみたい。

シケプリが通用してしまった採点法が悪いのだ。

あるいは定期試験をむかしのものから貼り付けてそのまま出題するような出題法があるとしたらよろしくない。

授業と試験は連動していてはじめて意味があるだろう。

雑談の余談だが、大学の授業で話した雑談の中から試験に出題する教官がいた。その教官はこういった。

シケプリ担当の諸君が今ここにいますか。いましたら、これから話すのは雑談だから絶対にレジュメに書かなくていいです(笑)。面白かったのでちょっと雑談です。昨日喫茶店に行ったときに、芸能人の…。」

彼はシケプリの裏をついて雑談の中から出題した。それからシケプリのレジュメを写してみんなと同じような答を書いていた人の答案には全部×をつけたようだ。翌年の仏評価リストに鬼教官の仕業として生々しいエピソード付で載っていたことを、後に友人から耳にした。