子供が課題をやってこなかったとしよう。
課題の紙がウチにありませんでした(時間が経つと透明になる紙があるようだ)。別の紙に書きました(テキストを大切にするようだ)。毎日朝から夜まで部活がありました(タイガーウッズ並にアツい部だ)。家族旅行で車の中でした。習っていないから解けませんでした。…
それらの言い訳は風邪でずっと寝込んでいましたという言い訳同様に全くもってナンセンスである。
そんなことは課題を出す前からわかっているのだから。
いつ急に風邪になってもいいように風邪をひく前から課題をやっておけばいいだけだ。
風邪はひく人はひくのだからひかないうちに多めにやりなさい。
そういう場合のヴォクの対応は二つになる。
一、わかりました。大事なチャンスをふいにしたね。
二、わかりました。帰って下さい。
ヴォクはがんばることを伝える塾はしていない。ヴォクが欲しいのは成績の結果だけだ。それに付随するすべての遊びは楽しくないわけではないが結局結果が出なくちゃ塾で勉強をした甲斐がない。
宿題すらきちんとやらずに満足ゆく成績を残せるわけがない。それはレース直前まで寝ていて本番前に突然スタート位置につくのと同じくらい無謀である。
塾生の平均偏差値がいいのはどうしてかとメールなどでよく聞かれる。
答えは簡単である。宿題をきちんとやる子しか来ていないからだ。言ったことを全部やった子は結果を出すだろう。言ったことの八割をやった子は八割の結果を出すだろう。そして言わないことまで自ら工夫してやる子は驚くような結果を手にするだろう。
毎日CDを聴きなさいと言ってゴイスなCDを渡す。知る限り非常なまでによいCDでも毎日聴かなければ効果は半減するのだ。
せっかくわかった新しい計算の問題。今度は自分ひとりで解いてみて練習して覚えておこうと言ってもやるやらないの差があるのだ。
やりなさいと言ったことは、やるかやらないかしかないのだ。やろうと思ったのにやれなかったのは、たんにはじめからやらなかったことと成果においては違いがない。
やりなさい。ヴォクが言えるのはそこまでだ。
ほなね。3:33に。