目標が明確であることと、勉強の成果は比例する。
目標があればがんばれるだろうが、夢や目標もなくただ本能的にがんばるのは難しい。たとえば穴をほるのをがんばるにしても、掘ったあとは必ずすぐにまた埋めるという条件がつくのなら、穴をほること自体が目標になり得ないため、穴をほるのを結局がんばることなどできなくなる。
その場合、筋力をつけるなどなにか別の目標を定めねば穴をほるのに疲れてしまう。
同じく、目標が長期的な目標でも短期的なものでも、子供たちの学習姿勢を大きく左右する。
自分のために勉強するという根本は同じであっても試験の形態も異なるため、何を目指しているのかは定かにしておかねば、実用性にはかける学習になってしまう。
同じ理屈により、目標が不明瞭な場合、勉強の密度は小さくなる。
逆に、目標がひとつ明瞭であれば、それが高いか低いかということに関わらず、自分が真に達成したいという願いさえたしかにあれば、材料さえ揃えば自分なりにそれを利用しようとがんばれるようになるだろう。
夏休み前のこの時期にその部分はきちんと確認したい。ついつい子供たちには強い口調になってしまうが目標が明確でないのなら、成果はまずついてこない。なんとなくダラダラやって大きな成果をあげられるのは運だけでは無理なものだ。やはり鉄の意志あるところにさまざまの道は開けるのだと思う。
どんな目標でもいいと思う。自分が何がしたいのかを、みなに聞くことにしている。僕は授業中には雑談はまずしないが、目標確認だけは別。これば勉強と直結するので必ず確認している。毎回くらい確認している。
目標が明確であることと、勉強の成果は比例する。
勉強のために塾に来ている以上、ならばその目標の部分を確認しないわけにはいかない。
第一志望校は明確でない子には紙に書いてきてもらおうと思う。そしていつも見るところにはりつけておこうと思う。
ほなね。