上尾市にある学習塾|光塾

コーチえのもと(13)

コーチえのもとは毎晩19時40分くらいになるとミーティングを開始した。

ボール集め、コート整備を終えたヴォクたちテニス部員は二列に並びコーチを見つめた。

ミーティングとは名ばかりで短いときで10分長いときは60分くらい、コンコンとテニスで勝つための考え方についての一方的なお説教だった。「はい」以外にヴォクたちが話す出番はなかった。

たまに、「はいっ!」と一同で声を揃えて返事をして、コーチの話をただ聴いていた。

才能は関係ない、

半端はすかん、

とことんやりなさい、

徹底的にやりなさい、

長くやりなさい、

本気でやりなさい、

努力しなさい、

努力した人が勝つ、

気合いをいれろ、

気張れ、

○○は毎日朝早くから来て壁打ちをしてる、だからうまいのだ、

身体が動かなくなってからがテニスだ、それまではテだ、それまではへのツッパリだ(筋肉マンかっ)。

と、そんな話しかなかった。ヴォクたちは自問自答しながらただ話を聴いていた。

はじめのころはヴォクは右から聞いて左に流すような感じだったのだが、いつしかメモ帳に言葉をメモるように変わっていた。

それらの言葉はどれも繰り返しヴォクのいまの生活の中に登場しヴォクにアドバイスしてくれる。(ヒカリっ子に言う言葉も、大体全部はコーチえのもとからのどパクリだかんね。)

だからヴォクはどんな研修会にも参加することはない。人生に必要なことはすべてあのミーティングの中で学んだ。どんな本を読んでもあんなに役立つことを見たことがない。

帰り道は友達と、えのもとの悪口を言いながら帰った。彼は家庭が崩壊してるはずだ、だって年中テニスで休みなしで、私費を自分が運転するバスの遠征試合の費用にあてて、子供がかわいそうだ、奥さんが泣いているとか、そんな悪口を言いあいながら帰った。

でも誰一人としてコーチえのもとを愛さない部員はいなかった。誰一人として、きつすぎるその部活をやめようとしなかった。お前はもう明日からくるな!根性がないやつはやめろ!と叩かれてもみんな歯をくいしばって涙を拭いて参加した。誰一人脱落しなかった。

彼のことを思い出したくなるとヴォクはテニスコートを眺めにベンチへ行く。

(つづく)